京都で幸せ妖精ライフ

京都生まれ京都育ち。京都ならではの環境の中、ありのままの自分で幸せに生きるお花畑人生を綴ります(^^)日常の気づきのほか、海外、旅、猫やその他の生き物、自然との感動など、ありのままの自分が感じる感動や幸せ、気づきを皆さんシェアできれば嬉しいです(^^)♡

幸せな人生へ舵をとる

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京都伏見の桜・・・綺麗ね。生きていればこそ。


 

 今日は、幸せな人生へ舵をとる私のビフォーアフターを少し書いてみようと思います(*'ω'*)

 

 このまま事故って死んでしまえばいいのにと思いながら流れる涙もそのままに車を運転していたあの頃、私は死ぬ意欲も生きる意欲もないまま、ただ早く一日一日が過ぎることだけが自分の命を繋ぐ術だったと思います。

 

 それは、DVな性格の夫と日常を生きていた頃のこと。

 その頃の私はうつ状態だったと思うけど、病院に行くこともなく、子供に心配をかけたくなくて、朝起きて笑顔で子供達を学校へ送り出し、子供と一緒にいる間は、普通に元気に振舞っていました。

そんな日常の、子供を塾へ送った帰り道や買い物に出かける時など、誰も同乗せず一人で車を運転しているときは、思うともなく「このまま事故って死んでしまえばいいのに」と滂沱の涙を流しながら車を走らせていました。

 京都へ戻ってからは、子供を学校へ送り出した後、子供が帰宅する夕方まで、ひたすら眠っていました。うつからの過眠症だったと思う。子供のために死ぬわけにいかない、でも生きたくもない、ただ一日一日が過ぎるために眠っていたように思います。

 

 結婚する前にも、うつ状態の時があった。体を起こすことも大変なエネルギーを必要とする、食事をしても味がしない、見るものすべてが色のない世界・・本当に世界が薄い黒の紗がかかってるように見えました。

その時は、生きたい現実と実際の現状、ありたい自分の理想像と現実の自分のギャップを越えようと頑張って、力尽きた感じでした。

 その後夫と出会い「この人なら私を丸ごと受け止めて大事にしてくれる」と思って結婚しました。(´⊙ω⊙`)ww

 

 結婚した当初は夫も優しくて私は夫に甘えてのびのびと暮らしていました。

その後子供が生まれて、夫が仕事の多忙などから心に余裕がなくなってきて、夫のDVが始まりました。それでも私は、夫が改心して仲良く家族で生きられるように、夫となんども話し合い、夫は反省しては同じことを繰り返し、それでも私は離婚せずに家庭を保とうと頑張っていました。(*´Д`*)

 だけど、頭痛、動悸、手足の震え、、、様々な症状を発症し、夫との人生に限界を感じ、様々な難題がありましたが全て乗り越えて、新しい人生へ舵をとりました。

 

 今はわかります。なぜうつ状態パニック障害の発症に至ったのか。なぜDV夫と結婚したのか、その結婚生活を解消できずにいたのか。

いくつかの原因があると思います。

一つは、ありのままの私を自分で認めていなかったこと。

ありのままの私を受け入れていなかった、大切にしていなかったこと。

それらのことから日常的に心に無理を強いていたこと。

そして、自分を認めない受け入れていないまま、他者(夫)で足りないもの満たされないものを補おうとしていたこと。

それによる夫との共依存関係。

それらのことが合わさり、ずっと無理をして生きていました。

そんな人生を生きる限界を超えた頃、あることがきっかけとなり人生を開く決意をし、そんな人生を卒業して新しい自分を大切にする人生の扉を開きました(*^-^*)。

 

それからの私は、まず無理することをやめると決めました(´・ω・`)。

長らく自分の気持ちや幸せを二の次にしていた私は、何が無理で何がしたいことなのか、判断することに自信がなくて、また無理をする人生を生きるのは嫌だから、自ら積極的に物事を選んで生きることを躊躇していました。いわば心のリハビリ期間。(*゚∀゚*)/

そんな時間を一年半ほど過ごして、ようやく人間社会の中で新しい人生を生きようと、人生を前に進む意欲が湧きました。

その後も今日まで様々なことがあり、いろいろな思いをしてきたけど、長くなったのでその話しはまたの機会に。(*^^*)/♫

 

 今日は自分の鬱だっった頃のことを簡単にだけど書くことができました。

今の私は心から安らいでリラックスして幸せな毎日を生きています♡♫( >▽< )♡♡♫。

周りに理解されなくても、共感されなくても、たとえ非難されようとも、独りぼっちになろうとも、もう私は二度とあの頃の私には戻りません(*^ω^*)♡♫。

 私は自分で自分の幸せを選択します。私は自分の幸せな人生へ舵をとります。( ^ω^ )♫私は自分で自分の幸せな人生を創りますv(๑>◡<๑)v♫。

 

 

どうかこんな私が生きている姿が、誰かの希望になりますように、、、。

そう願って、ブログを書いています。*\(^o^)/*♡

 

最後までお読みくださりありがとございました(@^^@)♡

また気軽にきてくだされば嬉しいです♫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「生きている」それが生命の勝利

☆ 背中の傷は勲章か? 

 

こんにちは(^▽^)♫ 春の穏やかな光と風の中、新しい自分へ誘うかのように、菜の花が陽の光の中で揺れています。

 

あなたは 力のない小さな存在ではない。

あなたらしく輝くことで 世界を照らす

人々の希望の光になる存在です。

 

 私は母から「躾」という名のもとに、今でいう「虐待」を受けて育ちました。

 ある日私は、母の暴力によって背中に一生残る傷を負いました。

 その傷跡はミミズ腫れのようになりもりあがっていました。その傷跡を時々手でなぞり、どれくらいもりあがりが薄くなったか確認していました。その傷は大人になってもずっとミミズ腫れのままで、背中の空いた服を着るとその傷が見えることがあり、それを見た友達から「どうしたの、背中?」と尋ねられることもありました。この傷は、ずっと私の心の傷にもなっていました。

 

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2020.3 ©︎Hearing Art snowy In the middle of work

 

 昔は、背中に傷を持つことは敵から逃げた結果だとされ、不名誉であるという考えがありました。けれど今の私はこの傷を「自分が生きるために自分を護った名誉の傷だ」と思います。それは、幼かった自分が、親の庇護のもと生きるために「自分を護った」ために得た傷だからです。本当は、「名誉の傷」なんて受けないほうがいい。今の私なら、黙って身を屈めて母からの暴力に甘んじることはないです。けれど当時の私にはそうすることが自分を護る術でした。

 

 もし今の私が当時の自分に伝えることができたなら私は

「我慢しなくていい。逃げて。助けを求めれば誰かが気づいて助けてくれる。」

と言いたいです。

 

 私が幼かった頃の日本の社会は、今よりも虐待という認識が薄く、躾という名のもとに虐待が日常的に繰り返されていましたから、当時私が声をあげても、「躾」として誰も取り合ってくれなかったかもしれません。今の社会は少なくともあの頃よりはずっと、子供や個人の人権への意識が高いと思います。けれど当時の私は「人権を侵害されている」とか、「これは虐待行為だから甘んじてはいけない」とかいう意識がない(それは今の幼い子供達もそうだと思います)ので、身を屈めて母の怒りが収まるのを待つことが生きる術でした。

 今の私は背中の傷も薄くなり、心の傷も自分と向き合う中で癒え、母を恨む気持ちも消えてただ愛することで幸せに生きています。

 そして今私は「一人一人が自分らしく幸せに生きることは当然の権利である」という意識が拡がることを願っています。その意識が拡大するためには、社会の意識が変わることの以前にまず自分自身、一人一人が「私は私らしく生きていい。ありのままの自分で幸せに生きていい。」と認識すること、そんな人生を生きていいと自分自身に許可することが必要だと痛感します。

  

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2020.3 ©︎Healing Art snowy In the middle of work 2.

 

☆「生きている」それが生命の勝利 

今あなたは このブログをどんな気持ちで読んでいますか?

ほっと一息つきたい

何も考えたくない

前を向いて幸せな人生にシフトしたい など

私たちは 日々の暮らしの中で いろいろな気持ちになりますよね。

 

嬉しいことがあった時は

私って なんて幸せ者なの♬

人生は愛に溢れている💖

そんな気持ちになったり

 

悲しいことや 辛いこと、腹ただしいことがあった時は

胸が苦しくて

もう何もかも嫌になってしまう

そんな気持ちになったり

 

日々の生活の中で起こる、様々な出来事によって生じるいろいろな気持ちにあわせて

自分という存在を宝物のように感じたり

部屋のすみにあるちっぽけなホコリのように感じることがあるかもしれません。

 

 

 

空を見上げて。

どんな空が見えるかしら?

どんな風を感じるかしら?

それはどんな温かさ?

どんな匂い?

 

それが心地よいものであるときは

深呼吸をして

五感に集中してみます。

 

それらを感じることのできる

心と身体

それは 他の誰のものでもなく

自分自身のもの。

 

今 嬉しい 幸せな気持ちであれば

そんな自分と世界に

「ありがとう」と言ってみる。

きっと自分と世界が 輝きはじめます。

 

もしその空や風が

心地よく感じられなかったり

不快であったり

何も感じられないのであれば

少しだけ

自分に優しくしてあげてみます。

忙しくても

余裕がなくても

自分に許可できなくても

自分に優しくしてあげてみる。

 

お気に入りの場所へ行ってみる。

自分のために美味しいお茶をいれてみる。

 そんな余裕もないときは自分に言ってあげます。

「頑張って生きていて偉いね」と・・・。

自分を抱きしめてあげる・・。

 

「生きている」

それが生命の勝利

「生きている」

それが幸せな明日に繋がる

 

信じられなくても

自信がなくても

大丈夫

 

人は

幸せに生きるために

生まれてきたのだから

 

 あなたは力のない小さな存在ではない。

自分らしく輝くことで 世界を照らす

人々の希望の光になる存在です。

 

そう言いきれる私になったから

このブログを始めました。

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございます(*^^*)

また気軽に訪れてくだされば幸せです(^^)♬

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は春分の日、新しい春の始まりに

   ー 希望 ー

 

 春に去りゆくものあり

 離れゆき

 別れゆく

 

 残された私は

 一人 深い闇の底に沈む

 

 一人 うつむく私の前に

 どこからか ひとひらの花びら

 

 花びらを 目で追い

 見上げれば

 空

 

 

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©︎healing art snowy

 

 なくしたもののため

 空いた胸の奥

 入りこみ

 しみわたる

 あたたかな 春の風

 

 目をとじると

 そこに 春の気配が

 

 

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にじいろ羊の贈り物 〜 Love Songs 〜 より 2007 ©︎snowy STUDIO WARP

 

 呼んでいる

 呼んでいる

 私を

 春が

 

       呼んでみる

       呼んでみる

       春を

       光を

       風を

       呼んでみる

 

 

 呼び

 呼ばれて

 私の心は 春をみつける

 

 別れが

 新しい季節を はこぶ

 

 呼び

 呼ばれて

 私の心は

 春へと むかう

 

 

 

 

 

(オリジナルポストカード本「にじいろ羊の贈り物 〜 Love Songs 〜」より、抜粋)

 

 

今日は立春ですね。春は手放しと出会いの季節。

新しい春のはじまりの日に、希望という名の詩をお届けしました。

皆様の春の日に、希望と明るい日差しが届くことを願っています。

 

 

 

 

 

 

私らしく幸せなこと介護と老後と

  先日ふと自分の気持ちに気づいて涙がでました。

 

  昨日は母の病院での診察の付き添いと、老健施設にいる父の面会に行きました。両親は今、それぞれ別々の老健施設で暮らしています。私は週一ペースで、両親の洗濯物の交換(洗濯済みの着替えを施設のタンスに仕舞って、洗濯物を持ち帰ります)と両親の様子を見るために、それぞれが暮らしている施設を巡ります。冬は洗濯物がかさばり重いので大変です(><)""。でもそれは父も母も元気で生きていてくれればこその大変さであり、幸せなことだなあと思います(*^-^*)♫。

 先日ふと、そう思える私になったんだと気づいて涙が出ました。

 

 私は大人になって自分のことを客観的に見るようになってから、両親に対して複雑な思いを抱えていました。私はずっと母との関係に悩んでいました。母のせいで自己肯定の低い、生きづらい自分になったと思っていました。父に対しても大人になってから「子供が虐待されているのを目の前にしていてなぜ助けてくれなかったのか」など、男性不信の元になる想いも抱えてきました。

 

 私は大人になってから、ありたい自分と、生きたい自分の人生と、心の奥底にある自分の想いとがバラバラな中、自分と向き合い、自分の心の奥底にフリーズしていた想いを発見し、そこに向き合って自分を受け入れありのまま認めて、自分を抱きしめて愛して自分を育て直してきました。

 そんなある日、両親をありのまま受け入れて幸せを願う自分になっていることに気づいた時、私は本当に幸せだと思えました。両親も完璧ではない、一人の人間であることを認めて、母なりに父なりに一生懸命私を育ててくれてきたことに感謝と人としての愛おしさを感じました(*^-^*)♡。

 

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2019 ガーデンミュージアム比叡

 私の両親は元気な頃、自分の子供(私)に世話にならないようと毎日たくさん歩いて食事や生活も健康に気をつけて生活していました。それで長らく自宅で両親二人元気に過ごしていました。

 けれど母が認知症を発症、父は心臓が弱り心不全で入院したりして、両親共に自宅で生活することが困難になっていきました。初めは自宅で生活できるように自宅を改装したり、ケアマネージャーと相談しながらデイケアの施設を利用するなどしていましたが、今では両親それぞれが快適に安全に過ごせる施設で生活しています。

 実際のところ、施設利用のための支払いや、洗濯物や家の管理維持、両親の郵便物や資産管理それに伴う諸々の手続きや支払いのほか細々とした雑務など、日常の中でなんとなくのストレスがずっとあります。今の高齢化社会では私のような思いをしている方や、私よりも大変な思いをされている方もたくさんおられると思います。

 

 両親の状態は1,2ヶ月で変わったりして、その都度親に合わせたケアやフォローを思案しています。親の変化する状態は私には初めてのことばかりで、どう対処することが本人にとって一番幸せなのか毎回悩みます。そしてそれが本当に本人にとって幸せで最良なのかわかりません。けれども毎回、ケアマネージャーや施設や役所の人の助言などで、手助けがあることを知り、救われています。日常両親のフォローをする中で、私の知識や経験だけでは思いつかない知り得ないことがたくさんあります。

 

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2019 ガーデンミュージアム比叡

 施設に入らず私が親を自宅で見ることも考えました。だけど両親ともそれぞれの理由で、自宅よりも施設で暮らす方が安全安心快適で、本人も幸せだという結論になり、両親ともできる限り施設でお世話になることにしました。私のわがままかもしれませんが、私は少しでも両親に元気で長生きしてほしいので、そのためには施設の方が良いと判断しています。以前は両親とも自宅でのんびり過ごしたいと言っていて、私もそのために努力していましたが、今は両親とも体力気力が衰えていて、父は自宅では無理だと理解しています(でも本当は自宅で過ごしたいのかもしれません・・・)。母は認知症のためよくわかっていませんが、以前のように自宅へ帰りたいという発想がなくなっているようです。

 

 そんな日々年老いていく両親を見ていて、自分はどう歳をとっていきたいのか、今できることの何をどう生きていきたいのか、年老いて体が不自由になったとしたら私は何をしていれば幸せなのか、認知症になった時に私はどうあれば幸せなのか、様々考えそのために今どうすればいいのか思案しています。そして最近その一つ一つに答えを出しています。(具体的に書きたかったけど長くなったのでまたの機会にします^-^;)その答えは人それぞれだと思います。 

 

 今私が理解していることは、人は一人じゃないということ。困ったことがあれば一人で悩んでいてもどんどん不安になり悲観的になるだけなので、誰かに話すこと。それは家族や身内でなくてもいい(場合によっては家族や身内に相談することでより追い詰められたり苦しくなったりするということも経験しました。)。私は誰かに話すことで社会での手助けしてもらえる道が見えました。今の日本は福祉社会であり、助け合うことのできるシステムが存在しているということを実感しています。でもそのシステムや制度は、誰にも話さずに悩んでいたら気づけないことが多かったです。都道府県や市町村の発行している広報などで公開されていることも、自分に関係ない時には読んでも意識がスルーして気づけなかったりしていました。

 

 私は今、こんな日常を過ごしています(*^-^*)/♫。それは「ありのままの自分が幸せなことを選択して生きる」と決めたから。何が最善かはわからないけれど、両親の幸せを願って、できることをする生活は私にとって幸せなことだから。

 そしてそんな日常の中で、助け合える社会にいる幸せ、私にとって自分らしく幸せに生きていく老いていく日々はどんな日常か、私は老後どんな風に生きたいか、ということに自分として向き合い答えを出してきました。

 今はそのために今何をしていくのか、どうあるのかを、自分に問い答えを出してその人生を生きています。

 

 両親の傍にいると、せつなかったり、胸がふさぐ思いになることもあるけれど、そんなことを経験し味わいながら人の気持ちを知り、人という存在を愛しく思うので、私はやっぱり幸せものだなあと思います。

 そしてもう一つ私が気をつけている大切なことは、「自分の幸せを犠牲にしない」「無理をしない」ということ。それは今までの人生でさんざん自分に自己犠牲を強いてきた私が、2016年10月から始まった親の介護生活から得た結論です。(長くなってしまったので、これはまたの機会に綴りたいと思います^^;)

 

 

 

 

 最後までお読みくださりありがとうございました。

 また気軽に見にきていただければ嬉しいです(^-^)♫

 

 

 

 

 

 

3.11追善とありのままの自分の幸せ

 私は2000年の春に初めて個展を開催してからいろんな絵を描いてきました。個展開催や企画展に参加するたびにその時々のテーマに自分として向きあって、タブローや絵本などを制作してきました。

 そんな私が九年前の今日、生命の無常さを痛感するとともに、生命の可能性を信じて自分として何をすることができるのか、思い悩みました。そして描いた作品がこの「空はあなたに続いてる」です。(東京 上野の森美術館 17th日本の美術展~全国選抜作家展~  出品)

  

  どこにいても、此方の岸と彼方の岸は遠く離れているように思えても、互いを想う気持ちは鳥が自由に空を渡るように、自由に繫がって幸せを分かち合えるという世界を描きました。生きていると、時に不安や絶望が襲うこともあるかもしれません。そんな時私は、空を見上げます。空は今のありのままの私を包み、風は淀むことなく空へかえります。どんな時も私は今ここにいて生きている。それ自体が人生の、世界の、希望であるということを、空を見上げるたびに思い出します(*^-^*)。

 

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2012.2 東京 上野の森美術館 17th日本の美術展~全国選抜作家展~  出品作品

 以前の私は、ありのままの自分ではダメだと、いつもそう思って生きていました。でも今はわかります。生命そのものが希望です。生命は誰もが持っている宝物です。その自分という宝物を大切にすることを意識するだけで、毎日が違ったものになります。

 

空を見上げて

生命の可能性は無限である

私は私の生命を大切にする

とつぶやいてみる。

その時、すんなりと違和感なく言えるなら

その自分が幸せな時間を選択していける。

 

だけどそんな言葉を口にすると、心がざわざわする時は、そんな自分に

今まで生きてきて偉かったね

明日もよろしくねと

自分を褒めてあげたい。

 

 私は今までの人生の中で、何度か大切な人との突然の別れを経験してきました。人はいつ此方から彼方へといくのかわかりません。

 

今この時

生きて空の美しさを知る

風の冷たさを知る

土の匂いを知る

それは生きていればこそ

 

私は何もする気持ちにならず、何をどう生きればいいかわからなくなった時、

ただ生きていること

それ自体が幸せであると気づきました。

 

 ありのままの私には、呼吸と同じように絵を描くことが生きること。人を、この世界を、愛することが生きること。そんな自分に気づいて、今はそんな自分を受け入れて、ありのままの自分で生きる日々を過ごしています(^-^)♫。

  私を大切に思ってくれる人は、そんな私の姿を見て、心から喜んでくれます(*^-^*)♡。

 それではダメだという人は、私の生き方を自分の鏡にして、そんな行き方を許可できずにいます。けれどもそれはその人の問題です。

 私はありのままの私を大切にして生きていきたい。それが、今を生きたかった人たちへの私からの贈り物でもあります。私の幸せは、ありのままの自分の生命を精一杯輝かせて生きること。今を生きている私の幸せを回し向けることが、本当の追善回向であると、私は信じています。

 

だから今日も明日も私は、ありのままの自分で幸せに生きることを選択して生きていきます(*^▽^*)/🎶。

 

 

 

最後までお読みくださりありがとうございました。

今日も明日もあなたが元気で幸せであることを願っています(*^-^*) ♡

 

今日は国連女性の日ですね♫NY旅記録

        今日は国連女性の日、ミモザの日ですね(*^-^*)♫

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2019.3 NY国連本部内展示作品 「Each shine」

⇧これは昨年の三月に国連本部での女性の日記念展覧会に選抜され展示した作品です。NY国連本部内にある女性支援のNGO団体AAA WLC (Women's Leadership Council.inc)主催の展覧会で10点ほどを一週間展示しました。タイトルは「Each shine」です。

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2019.3 国連本部

 日本からは私が1名、世界から一週間に4名の展示で1ヶ月ほど展覧会が開催されました。私は日本から作品を10点ほど持参してNYへ行きました。

 一月に選考を通過して制作に励み、三月の展覧会でNYへ。飛行機の預入荷物制限重量とサイズギリギリの梱包にしたのに、羽田空港へ向かう新幹線の改札でガードマンに制止されたり、なんとかNYのジョンケネディ空港に午前中に到着したものの、台湾の友達と合流するのにその日の夜10時半くらいまで空港にいたりと、初めから珍道中でしたが、現地で世界中の人と交流し、女性支援の一助になれたことは、本当に嬉しかったです(*^,^*)♡。

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2019.3 国連本部内展覧会

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2019.3 NY 夕景 自由の女神

 私は今まで海外の展示は作品だけ送って展覧会に参加していましたが、一昨年(2018年)十二月の韓国での展示参加から自分も現地に参加することが増えました。このNYの展覧会では一週間滞在しました。たくさんの思い出と経験を積むことができました(^-^)

 昨年はこの三月のNYから四月韓国、七月シンガポール、八月台北個展と企画展、そして十二月にはチュニジアへ作品とともに行きました。そんな旅の中で色々な出会いがあり、様々なことを学びました。自分のこと、制作のこと、社会のこと、世界のこと、あらためてたくさんたくさん思索し、悩んで自分の中に答えを出したり、本当に多くの学びを得ました。

 

 昨年の女性の日は、女性の日記念展覧会の制作と参加を経て、女性の自立や幸福について考える機会になりました。それからのわたしは、ずっと、女性の幸せな人生や幸せな世界とはどんなものか思索し続けていました。女性が自由に幸せな世界は、皆が幸せな世界になると思います。その理由はまたの機会にお話できればと思いますが、結論として「ありのままの自分で幸せに生きることを互いに尊重していく人生」は実現できると信じています。生命の可能性を信じているから。

 どうか一日も早く、世界中の人々が「自分らしく生きたい人生を元気に幸せに生きていく世界」が実現しますように・・・。その実現を信じて、私は私らしくこれからも生命の素晴らしさを、作品の制作を通して表現していきたいと思います。

 

 

最後までお読みくださりありがとうございました(*^^*)♡

 

 

 

老後の楽しみとライフワークと至福の人生

 先日のPCでの作画初挑戦に続き今日から、ずっとしたかった油絵の制作を始めたいと思います(^^)油絵は高校の美術の授業以来。実家から高校時代に使っていた油絵の画材をアトリエに持ち込みました。ネットで注文した絵の具なども到着しました。さあ、描くぞ〜!(*^◯^*)/♫

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ウィンザーアンドニュートンの油絵の具

 私は物心ついた時から絵を描いて生きてきました。それはライフワークと言われることだと思いますが、私にとって絵を描くというライフワークは、一般的な認識としての「生活(Life)のための仕事(work)」ではなく、「生きる(Life)ための制作(work)」です。

 私は生まれてからずっと絵を描いて生きてきました。(一番古い作品は、生後11ヶ月くらいの時に描いたものかな?母が残してくれていました。^^)生まれた時から今もずっと、草花や樹などの自然をはじめ空、光、雨や雲などの空気や水や土....地球を五感で味わうことが私の幸せです。そして五感で味わった幸せを絵や文章などにして表現することが、ずっと私の生きる術でした。この世界が好き、人が好き、なのに子供の頃から人の世界に馴染めなくてまわりから浮いた存在でした。それで今まで色々な体験や思いを経験してきました。

そんな私が家族やまわりの幸せを優先して生き続けていくうちに、どんどん本来の自分が死に追いやられていき、ある時ついに絵が描けなくなってしまいました。それは私には死んだと同じでした。それからのことはまたの機会に描きたいと思いますが、今私は、ありのままの自分で至福の中で毎日を生きています。

  今私は画家として生きています。それは私が生きることは描くことだから。描くことは私にとってこの世界で生きるために空気や水と同じ必要不可欠なことだからです。イラストレーター、絵描きの仕事をするしない、生きるための収入を得る得ないということ以前に、私にとって描くことは生きることそのものです。

 そしてずっと忙しくて「老後の楽しみ」としておあずけしていた油絵の制作を、今日から始めようと思います(>▽<)/♫今までは子育ての合間に描くなど早く仕上げる必要があったため、油絵は乾くのに時間がかかるのでアクリル絵の具やオイルパステルなどを使って描いていました。そして油絵は、「老後の楽しみ」としておあずけしていました。でもありのままの私で生きることが、自分にも世界にとっても最善だと気づいて(なぜそう思うかはまたの機会に^^♫)その人生にシフトした今、ずっと描きたかった油絵を始めようと思いました。

 私が絵を描くことは、まさに「生きるため」ですが、それは一般に言われる「財産や名誉、ステイタスを得る」といった「生きるため」ではなく、「この世界に存在することに必要」という意味の「生きるため」です。私はずっと、「絵画などの制作」と「生きること」の、関係性や意味を自分に問うてきました。その答えが、昨年国内外で展示し様々なことを感じる中で見えました。

 その答えは、私は「収入になるかとかステイタスがどうとか」という以前に「自分が幸せかどうか」が生きる上で一番大切だということです。

 なぜなら本当の自分の幸せな人生は自分でしか与えられないからです。家族やまわりにとって幸せでも、自分が幸せでないと自分や生きたい世界にとって意味がない。私の生きたい世界は「自分も他者も自分らしく幸せで、各々を尊重して平和に調和して生きる世界」であり、その世界には「誰かの幸せを二の次にしたり犠牲にしたりする上に成り立つものではない」からです。そして自分を幸せにできるのは自分しかいないからです。

 「そんな世界あり得ない、みんなどこかで折り合いをつけて生きている」という思考が一般的かもしれません。そのような考えを私は否定するつもりはありません。幸せに対する考えや思いは人それぞれだと思います。でも私はそのような思考に合わせて生きても幸せではなかった。私は、一つの生命という存在として幸せでありたい。そんな生命の存在の一つ一つが幸せに調和した世界に生きたい。だからその世界とは違う世界に合わせて生きることをやめて、生きたい世界を生きると決めました。私は人間の生命の可能性を信じています。私の可能性もあなたの可能性も大切なあの人の可能性も苦手なあの人の可能性も、信じています。お気楽、能天気、世間知らず、、、いろいろ言われてきましたが、私が今至福の毎日を生きていることは価値がある、そう信じています。その幸せを味わって、さて今から油絵に挑戦します!♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

 

 

最後までお読みくださりありがとうございました♫

また気軽に見に来ていただければ幸せです(@^^@)♡