京都で幸せ妖精ライフ

京都生まれ京都育ち。京都ならではの環境の中、ありのままの自分で幸せに生きるお花畑人生を綴ります(^^)日常の気づきのほか、海外、旅、猫やその他の生き物、自然との感動など、ありのままの自分が感じる感動や幸せ、気づきを皆さんとシェアできれば嬉しいです(^^)♡

私らしく幸せに生きる「本来の自分の幸せな人生」の見分け方とそのための生き方は

 ☆当然のこととして「ありのままの自分で幸せに生きることを選択する」

 私は幼少の頃から、自分の育った環境や性質から、自己肯定や自尊心が低いまま大人になり、そんな自分に合う現実を生む選択や振る舞いをして、苦しく辛い人生を引き寄せて生きていました。

 けれども、世の中には私のような思いをして生きてきた人ばかりではなく、両親や周りの大人から愛情を受けて自己肯定感や自尊心、自己愛が順調に育って、自分らしく周りと協調して生きている人もたくさんおられます。幼少期、青年期に必要な経験や愛情を得て、成人して社会人になった時に、「自分らしい」かどうかを振り返ることをしなくても自然体で物事に対し、素直に他者からの愛情や厚意を受け取り、心身ともに健康に幸せな毎日を送る人もたくさんおられると思います。

 そんな人々の中には、私の記事を読まれても、他人事で共感や興味もない人もおられるでしょう。また、経験としては理解できなくても、気持ちに寄り添い、自分の周りに私のような人がいれば手助けしたいと思う方もおられるかと思います。

 このような人々にとって「ありのままの自分で幸せに生きることを選択する」ことは、当たり前のことで、自分の「本望の人生」がどんなものか改めて考える必要もないほど日々に満足している方もおられるでしょう。

 ではなぜ私は「ありのままの自分で健康で幸せな人生を選択すること」の大切さを、皆さんにお伝えしようとしているのでしょうか?

 

 その一つの理由として、そのように生きることが困難な人へ、幸せに生きるために必要なことを伝えたいということがあります。

 私がこのブログでお伝えしている内容を自身の人生で当然のこととして、日常をそのように生きている方には、私がブログでお伝えしていることを、あなたの周りにいる「不満や苦痛を強いながら生きている友人知人」にお伝えしていただければ嬉しいという思いがあります。

 「類は友を呼ぶ」ということわざの通り、自分の周りにはそんな人はいないという方もおられると思いますが、人は普段、「今の人生に満足している自分」「今の生活で満たされている自分」でありたいと願い、そんな自分であるように他者に見せたいと無意識に思って、「そのような自分らしく」他者と関わっていることがあります。それは日常の社会生活で無意識の自己防衛からの判断かもしれません。それはもしかしたらご自身にもあることかもしれませんし、あなたの周りの「満足して生きているように見える」人(家族や友人知人)かもしれません。

 

 本心から「ありのままの自分で健康で幸せな人生を選択すること」を日常の中で当然のこととして生きている人は、心身ともに自分を大切にして無理のない日常を心がけておられると思います。

「ありのままの自分」を肯定して受け入れている人は、日常の選択が自分の気持ちに即したものであるため、過剰な無理をせずにストレスの少ない日常であることが多いと思います。そして、ご自身がそうであるから、他者(自分の周りや社会)を尊重して、協力していこうという素直な思考のもと、他者の存在をありのまま認識して、それらに対して自分を適応させたり、適度な距離感で対していくことができるでしょう。

 人は社会性を持つ生き物です。通常この社会は、一人では生きていけません。自分を健全に保ち、他者と適度な距離感で互いを尊重し、協力して生活していけることは、健全で心身ともに健康で幸福な日常、人生を生きることにつながります。

 

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ありのままの自分の幸せな日常

 

  ☆「ありのままの自分で健康で幸せな人生を生きる」ために必要なことは?

 「ありのままの自分で健康で幸せな人生を生きる」ために必要なこととして

*ありのままの自分を肯定して受け入れ、尊重すること

*その自分で生きることを肯定し、その人生を生きることを認めること

*自分も他者も、そんな人生を生きることを認め尊重すること

があります。

 

 「ありのままの自分で健康で幸せな人生を選択して」生きている人にとっては、どれも当然のことであると思いますが、これらが当然でなく、自分に無理や我慢を(本意不本意に関わらず)強いて日常を生きている人にとっては、これらの実践が難しいことが多いのです。

 

 これらの実践が難しくなった要因には、生まれ育った家庭環境や、自分自身の性格、社会環境、人生で起こった出来事などからの思い込みや勘違いなど、様々なものがあります。その要因と一つ一つ向き合い

なぜ「ありのままの自分を肯定できない」のか?

なぜ「ありのままの自分を受け入れることができない」のか?

なえ「ありのままの自分を尊重することができない」のか?

それらを自分に問うていく中で、幼少の頃の出来事や、社会に出てから経験した辛い思いなどに行き当たるでしょう。その時に、

なぜそう感じたのか?

なぜそう考えたのか?

なぜそう判断したか?

を思い出してみることで、その時の自分の感情や思考の動きや、その感情や思考の生まれる原因を発見するでしょう。それは大抵、家族や周りの常識や概念・固定観念と自分のそれとのズレを無意識(または不本意)に受け入れ、他者のそれらに従うことを自分に課したことが原因であると思います。

 他者のそれら「常識や概念・固定観念など」が自分の幸せや安心な状態を保つこととズレているのに、「生きるために他者に従うことが必要」と判断して、そちらに従う人生を生きるうち、「ありのままの自分で健康で幸せな人生を選択すること」がどんどんと困難になっていきます。そして本来の自分の幸せな状態がわからなくなっていきます。そんな状態では、

なんだか苦しい

なんだか心から安らげない

なんだか心から幸せを感じることができない

 毎日が安全で安心で不足ないはずなのに、なぜかどこか不安で落ち着かない、「心の底から幸せ」というよりも、これが幸せよねって、ベターな幸せなはずって、本心からの幸せ(ありのままの自分で健康で幸せな人生)であると思い込もうとしているけれども、心のどこかで「幸せじゃない」思いがうごめいている、、、という日常を生きることが多いと思います。

 

 「これが幸せよね・・」って、自分自身に幸せである実感がない状態。それは他者の幸せの概念に合わせて、ありのままの自分の幸せに合わせていないから。

「これが私のベターな人生よね・・・」って、ベストな人生を生きられると信じられず、諦めているということなのかもしれません。もしそうであるならそれは

*ありのままの自分を肯定して受け入れ、尊重すること

*その自分で生きることを肯定し、その人生を生きることを認めること

ができないから、ベストな人生を生きることを肯定できず、受け入れ尊重できないために、ベストな人生を生きること(ありのままの自分で健康で幸せな人生を選択すること)を諦めているのかもしれません。

 ベストな人生(ありのままの自分で健康で幸せな人生)を生きるためには、

*ありのままの自分を肯定して受け入れ、尊重すること

*その自分で生きることを肯定し、その人生を生きることを認めること

*自分も他者も、そんな人生を生きることを認め尊重すること

が必要なのだと思います。

 

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自分にとってのベストな人生とは?

 

 ☆ベストな人生を生きるために必要なこととは?

 人には人のそれぞれの人生がありますが、人の幸せの基本として、「マズローの欲求5(6)段階(自己実現理論)」でいうならば、その初めの欲求である「生存欲求」から順調に満たされて生まれ育った人は、自分なりの幸せな人生を選択して生きていくことが多いと思いますが、それでも社会に出てから改めて生存欲求をはじめとする欲求を満たすために自分と向き合っていかれると思います。どの人生の段階かから、上記で述べた

*ありのままの自分を肯定して受け入れ、尊重すること

*その自分で生きることを肯定し、その人生を生きることを認めること

*自分も他者も、そんな人生を生きることを認め尊重すること

 が困難となり、「ベターな人生」を選択する人も多いと思います。

 けれども、人は本来ベストな人生を生きることが可能であり、一人一人のベストな人生を確保できる社会を目指すことが、人々が幸福で調和のとれた世界の実現につながります。

 

 

 ☆「ありのままの自分で生きる」ことは健康で幸せな人生の基本

 それではベストな人生には「ありのままの自分」であることが必要なのはなぜでしょう?

「ありのままの自分」とは「本来の自分」であり、人はそれぞれ生まれ持った自分自身の性質や特徴があります。

 

 もしもそのありのままの自分自身で生きることができないならば、どうなるでしょう?自分自身の性質を否定されたり、認められないとしたら?周りの(家族や社会)に合わせた言動や思考を強いられ、本来の自分でいることが許されない(本来の自分でいると常に否定されたり咎められたり、排斥される、または自分でそう判断して本来の自分でいることを許可できない)としたら?

 本来の自分を押し殺して生きることは、自己否定につながります。それは自己肯定や自尊心の低い状態を生みます。その状態は、自分が幸せな人生を選択することを阻みます。

 

この件については別の記事に詳しく述べたので、よろしければこちらを覧ください。⇩

niziironohikari.hateblo.jp

 

 人は誰人も等しく「健康」で「幸せ」な人生を生きる権利があります。 

 「ありのままの自分で生きる」ことは、健康で幸せな人生の基本となるものです。

 「ありのままの自分」を肯定し認めることで、本来の自分自身に対して、大切されることや愛を受けることを許可できます。それは自分を大切に思う気持ちを育てます。そして自分を大切に守る感情と思考を生み、「自分自身に本来の自分のままで健康で幸せな日常を与える人生」につながります。

 

「ありのままの自分で健康で幸せな人生」とは、人として幸せに生きる当然の権利を守ることであり、自分も他者も幸せに生きることを尊重して協力して生きる世界を広げることでもあります。

 

 ☆心から幸せと感じているか?

 「ありのままの自分で健康で幸せな人生」を実現することは、本望の人生(本来の自分が望む人生)を生きることにもつながります。本来、人は幸せに生きることが本望であるからです。

 

 本望の人生であるかは「自分自身が心から幸せと感じているか?」ということで見分けられるかもしれません。

「心から幸せ」であるためには「安全」「安心」「健康を確保する」などマズローのいう生存欲求を満たすことが必要であり、それ自体に課題のある方もあります。そんな人たちの幸せも確保できる世界を実現確保、広げることが、自身の幸せにもつながります。そしてその第一歩は、自分自身が本望の人生を生きることであり、それはまずそう生きると決めることから始まります。

 本望の人生を生きる時、人は心から満足し幸せを感じます。それは心身ともに健康で前向きで元気な日常を生みます。

 もしも日常がその逆で「健康でなく」「後悔や愚痴や諦めの心」で「生きる気力」が湧かなかったり無理を強いる必要があるなら、それは「本望の人生」「自分自身の幸せな人生」とは言えないのではないでしょうか。

 誰もが生きる権利のある、そしてそれが世界の調和と幸せを拡大する人生、それが「本望の人生」「本来の自分らしく幸せな人生」であると言えます。

 その人生を生きるために必要なことは、「ありのままの自分で健康で幸せな人生を選択すること」であり、私は私達一人一人がその人生を実現できることを心から願っています。

 

 「本来の自分」「ありのままの自分」は人それぞれ。「本来の自分の幸せな人生」「ありのままの自分の幸せな人生」も人それぞれだと思います。それは仕事での挑戦であったり、家庭での生活や社会貢献であったり、ただ一日一日を味わうことであったり、幸せな日常は人それぞれだと思います。

 自分を大切にすることができれば、自分の生きがいに挑戦したり楽しむことで、日常が輝いたものになるでしょう。

 

 どうか皆さんの日常が、健康でリラックスした自分らしく幸せな毎日でありますように・・・。

 

 拙い長文を最後までお読みくださりありがとうございます。