京都で幸せ妖精ライフ

京都生まれ京都育ち。京都ならではの環境の中、ありのままの自分で幸せに生きるお花畑人生を綴ります(^^)日常の気づきのほか、海外、旅、猫やその他の生き物、自然との感動など、ありのままの自分が感じる感動や幸せ、気づきを皆さんとシェアできれば嬉しいです(^^)♡

自分らしく幸せに学ぶこと働くこと

 

 一人一人の大切な生命をあるがまま幸せに生きる人生、世界の実現を願って、ここに私の思いを記します。 

 

 幸せは人それぞれ

 自分の幸せな時間は人それぞれ

 自分の幸せな居場所も人それぞれ

 今は多様性の時代と言われるけれど

 学ぶこと、働くこと、義務と責任の名において、半ば強制されているような空気の中で暮らしている。

 

 それらは本来、義務である以前に権利であること。

 庶民が、女性が、一つ一つ勝ち取ってきたもの。

 けれどもそれが本来の自分を抑えて生きることにつながり、本当に生きたい日常を選択できずにいる時、人の心と身体は それを拒もうとする。

 それは心身の不調や病というかたちで

 「無理をしているよ」

 「幸せじゃないよ」

 と知らせてくれる。

 

 学ぶこと、働くことは本来、人が「自分らしく幸せに生きるために」求める権利であるのに

 

 

  学ぶこと働くことの幸せは

「学ぶこと」が「学校へ行くこと」と同義に扱われ始めて

「働くこと」が「就職すること」「収入(お金)を得ること」と同義に扱われ始めて

「自分らしく幸せに生きること」のためではなく「学校へ行くこと」「就職することや収入(お金)を得ること」を義務とするような半ばそれらを強制された空気の中で「自分らしく幸せな自分」が息をひそめる日常を生きている人は多いと思います。

 

 本来「学ぶこと」は、自分を護るもののはず。それは権利であり、人々が勝ち取ってきたものであるはず。

 「働くこと」も、本来は自分らしく生命を使って価値を生むものであり、それは各々の幸せな時間を生むことができます。それが働きがい、生きがいというものを生みます。

 

 「学ぶこと」も「働くこと」も、自分らしく生きるため、主体的に自分の思うように生きるために大切なことです。

 

 人権の思想が確立していない時代(産業革命の時代)に「学校」が生まれ、「就職する、働きに行く体制」は生まれました。

 時代は変わります。今、人権尊重の時代、一人一人が自分らしく学ぶことができる、自分らしく働くことができる、そんな社会へ変革する必要がある時が到来しています。

 時代に合わせて社会は変わる。人権の時代に合わせて法律や体制が変わる必要があるけれども、それを待つ間も、子供も大人も自分らしく幸せに生きることが尊重されなければなりません。

 一人一人に合わせた日常を選択することは、個人の心身の健康と幸せを確保するために必要なことです。

 学校や社会の現場でも、様々な学習形態や就業形態が試行錯誤されているけれども、まずは自分自身(子供またはその保護者)が、各々らしく健康で幸せに生きることを選択する必要があります。フリースクールやリモートワークなどが注目される中、本来の学びとは、働くこととは、その意味と意義をもう一度、人権に即して見直すことが必要です。一人一人の意識の変革、その先に法や体制の改変があります。

 

 国民の義務、人権、様々な視点からの意見がありますが、それらは皆、一人一人の幸せのために存在するものです。国や社会組織のために法律や社会体制があるのではなく、人々の幸せ(安全安心健康など人権を護られること)のために、それらがあるのだから。

 

 学校で学ぶことが困難であったり苦痛であるなら、学校以外で学ぶことができる、就職して給与をもらうことだけが「働く」ことではない、ということを今一度見直してみたいと思います。それらの変革は、一人一人の意識の変革から始まります。

  

 大切なのは「学ぶこと」も「働くこと」も、どんな状況であっても、各々が自分らしく元気に幸せにそれらを遂行すること。それぞれがそれぞれらしく元気で幸せな毎日を生きるために。

 

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それぞれが自分らしく幸せに生きるために

 

 自分の生命を尊重する

 日常を生きることで精一杯の時に、そんなことを思案検討、議論遂行することが困難な人もたくさん存在するでしょう。そんな人こそ、周りに声をあげて自分の健康と幸せを確保する必要があると思います。それをせずに無理を重ねることで、心身が病み、自分の人権の確保などということに思いが至らなくなり、それは自分の人生(日常)を諦めてしまうということになりがちです。

  「まだ大丈夫、頑張れる」と思う間に、「無理をしないと保てない状況」から離れること。

「まだ大丈夫、頑張れる」の先にあるものは「もう無理、頑張れない」だから。その先には、心身の病に伏せる未来や自ら命を絶つ可能性が待っているから。

 

 どんなに才能のある人も、自分の幸せな人生は人それぞれにあります。自分の幸せな時間、人生を尊重することは、自分の人権を護ること。それは親や家族や上司が決めたり、他者に委ねることではなく、自分にとっての幸せは自分にしかわかりません。自分の幸せな人生を他者(それが親や恩のある人であっても)が決めて選択することは、自分の人権を放棄することであり、自分の生命を尊重しない生き方です。

 

 学校や社会、会社の変革は、一人一人の意識の変革から始まります。まずは自分自身の人生を尊重すると決めて行動することが、自分自身の人生、ひいては自分の生きる世界の幸せと平和へつながります。

 

 

 人は本来「学ぶ」ことで自らを知り、「働く」ことで幸せを得ることができます。

 「学ぶ」ことで自分のことや他者の特徴を知り、その違いを知ることで自らを尊重し、他者をも尊重することができます。また「働くこと」は自他共の幸せに貢献することであり、それは自尊心を育み、自分を大切に思う心を育てます。

 

 「学ぶ」ことは、学校で勉強することだけではなく、「働くこと」も会社に勤めることや収入を得ることだけではありません。学びや働くことに幸せがあるやり方でそれらに取り組むとき、一人一人の幸せな人生、誰もが安心して幸せに生きていくことのできる社会が生み出されていきます。

 

 自分にも他者にも優しい人生へ

 今までの「学び」や「働くこと」に関するお金と時間と空間の用い方を見直す時が訪れています。時間や空間を限定しない「学び方」や「働き方」が存在します。また、お金に換算することのできない「働き」があります。それらが今早急に必要とされているのかもしれません。 

 一人一人が自分らしく学ぶ、働くことができるシステムは、一人一人が自分らしく幸せに生きると決めることから始まります。「必要は発明の母」です。学校や会社、システムや社会が変わるのを待つのではなく、まずは自分(または子供達)が自分らしく幸せに生きることを尊重することから世界は変わります。その意識を持つだけでも、自分と社会や周りの人たちへの認識が変わり、寛容と受容の心が生まれます。それは、自分にも他者にも優しい人生につながります。

 

 どんな状況でも、他者から見て恵まれた状況であろうと、またその逆の状況であろうと、才能や能力のあるなしにかかわらず、一人一人の幸せは本人にしかわかりません。自分自身の幸せな人生を生きることは、各々を尊重し健全で幸せに調和した世界を生みます。それは自分自身の人生にとっても、生きる世界にとっても必要なことであるという認識を一人一人が持ち、自分自身の感じる幸せな日常を選択することが大切です。

 

 大切な自分の生命、人生、大切な人の生命、人生を、幸せな日常で包むために、私たち一人一人が自分らしく幸せであることを選択する時、それは今です。