京都で幸せ妖精ライフ

京都生まれ京都育ち。京都ならではの環境の中、ありのままの自分で幸せに生きるお花畑人生を綴ります(^^)日常の気づきのほか、海外、旅、猫やその他の生き物、自然との感動など、ありのままの自分が感じる感動や幸せ、気づきを皆さんとシェアできれば嬉しいです(^^)♡

自分らしく介護する愛に気づく愛を受けとる

 嬉しい再会

 先日、母が施設で転倒し右足と右腕を骨折し入院、無事退院してから2度目の検診のため病院へ行きました。母とはコロナのためずっとテレビ電話での面会だったため、2ヶ月くらいぶりに直接母と会いました。テレビ電話で毎週話している時から感じていましたが、やはり私のことを忘れていました。私はもうそれを覚悟して受け入れているので、母の老いを悲しむよりも、目の前に母がいて母の体温を感じることができることが嬉しかったです。

 

 その日は事前に予約して午前中に受診ということで、受付を済ませレントゲンを撮り、指定された診察室の前で母と二人で診察に呼ばれるのを待ちました。私たちよりも前から待っている人が呼ばれ診察室に入っては出ていき会計を済ませるのを見るとは なしに見ながら、順番が来るのを待っていました。

 すると私たちの前を見慣れた顔の人が通り、振り返りました。それは以前母がデイケアに通っていた施設の室長のYさんでした。そのデイケア施設は、私が毎週親の施設めぐりをする途中にあり、その施設の前を通るたびに私はYさんにお会いしたかったのですが、母がその施設を利用しなくなったので、もうお会いする機会がないなぁと寂しく思っていました。Yさんは40代くらいの女性で、いつも私や母の気持ちに寄り添い、真心を尽くしてくださっていました。そのYさんが、病院で診察待ちの私たちを見つけて声をかけてきてくださったのです。

 Yさんは私に「ずっと、どうされているかと気になっていたので、Kさん(私の母の名前)にお会いできて嬉しいです。どんなご様子ですか?」と話しかけてきてくださいました。そして母に「こんにちは、お久しぶりです。お元気ですか?」と声をかけられ、私が母に「以前デイケアでお世話になっていたYさんやよ」と伝えると、母は「お世話になっております」となんどもYさんに挨拶しました。Yさんは「こちらの方こそお世話になっていました」と言われ、母は何度もなんどもYさんに「お世話になっております」と繰り返していました。

 それからYさんは私に仕事や介護などの生活状況を尋ね、「またいつでも施設に遊びに来て下さいね。気軽に話しに来てくださいね。」と言われました。そして今担当されている施設利用者の方のもとへ戻って行かれました。

 私は母に「Yさんに会えてよかったね。ずっとお母さんのことを気にかけてくださっているんよ」と話しました。母は私に「お世話になります」と言いました。

 

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ともに生きる喜び

 

 見えない思いやりに気づく幸せ

 私は一人で母に付き添い、気を張って母の診察の順番が来るのを待っていました。そこへ思いがけず、信頼しているデイケア施設のYさんに再会して声をかけていただき、ホッとしたのと同時に、「私は一人じゃないんだなぁ。会えなくても一人でいても、何処かで誰かが気にかけてくださっているんだなぁ」と心から感謝と喜びの思いが込みあげてきました。

 そして「私は これは私の役目だとか、自分で頑張らなくちゃとか思ってきたけれど、そしてそれは変わらないことだけれども、自分が大変な思いであったり、辛いとか心細いとか不安だとかという現状を周りの人に伝えることで、真心や手助けを受け取ることができるんだなぁ」とあらためて実感することができました。自分で責任を持つという覚悟とともに、現状や気持ちを周りに伝えていくことで、自分も周りの人たちも安心して幸せをシェアしていくことができるんだなぁと実感しました。私は周りの人たちの真心の中で生きている、感謝の気持ちでその真心を受け取ると、そこにある愛情を社会で循環させていくことができるんだと思いました。

 

 思いやりと真心を受け取る幸せ

 私は「自他ともにありのままで幸せに生きること」を尊重して協力して生きる世界を広めたいと願って、私が今まで生きてきた中で学んだことを皆さんとシェアしたいと思いこのブログを始めました。

 私は無意識に「これは私が対処すること」と思って、子供や夫に対する配慮や親の介護・資産管理など、ずっと家族をケアすることのプレッシャーを抱えて生きていました。目の前の対処すべきことを自分の判断で一つ一つ実行してきました。肉親や家族に相談すると悲しい思いをすることが多かったため、いつからか自分でやるしかないと思っていました。家族に頼ったり相談できる人がいなくても、人は一人で生きているわけではありません。社会に現状を発信すること(市の高齢者担当窓口など)で、必要な手助けを得ることができます。そしてその中で、人としてのつながりができるということを今回あらためて実感しました。デイケア施設のYさんは、今は母がその施設を利用していないため母の担当でもないですが、ずっと母のことを気にかけてくださっています。そして私の現状(仕事と介護のことなど)までも気にかけてくださっているということを今回知りました。

 

 

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真心に気づく幸せ

 

 Yさんと話した後、私は母のむくんだ足のマッサージを一生懸命していました。すると途中でどなたかが、母のマッサージをしてしゃがんでいる私の後ろを通り近くに座られました。私は気にせずにマッサージを続けていました。

 しばらくして看護師さんがその方達を呼ばれ、違う窓口へ案内され、その方達は「ここでずっと待っていたのに違うの!?」と不満を言いながら他の窓口へ移動していかれました。その時に先ほどのYさんが会釈をして私の前を通られました。私は先ほどYさんが「施設の人が転倒して骨折されたのでここに来ています」と言われていたことを思い出しました。

 それから私たちの後に来られた人たちも次々と受診・会計されて、待合室には私と母だけになってしまいました。しばらくしてようやく呼ばれ診察を受けることができました。救急病院のため救急受付が3件あったため、私たちは長時間待つことになったと、診察の時に先生からの話でわかりました。その中の1件がYさんのデイケア施設の利用者さんの転倒骨折だったのだと思います。

 

 救急が3件入って私と母は結果的に2時間以上診察待ちをすることになりました。会計を済ませた時点で、朝に受付をしてから3時間経過していました。前回の検診の時より大幅に待ち時間が多かったのですが、母の気持ちも体調も悪くならず、待ち時間に母のむくんだ足をマッサージして母の足が少しでも楽になったことは良かったかと思います。

 私の両親は何度か救急で病院へ運ばれています。救急だと待つことなくすぐに診察してもらえます。それは同時に、誰かが私たちの診察を優先して待っていてくれていることがあるのだということです。

 そして午前の診療にもかかわらず14時くらいにもまだ診察してくださっている先生がおられるから母は診察してもらえました。

 それは今の日本社会では当たり前と思われることなのかもしれません。けれどもそれは当たり前のことではないということを私は知っています。

 救急病院のあり方、社会のシステムなどに対する課題や批判もあるかもしれません。

 ただ、私が救急が3件重なり診察まで2時間以上待ったことは、Yさんとの再会の機会でもありました。Yさんの言葉だけ取り上げれば「社交辞令では?」とも取れるのかもしれません。けれども私はYさんの目、Yさんの母の手を握る姿を目の当たりにしました。Yさんの発する言葉の温もりも感じることができました。実際に診察してくださった先生とのやり取りもありました。その経験の中で私が感謝と幸せな気持ちを受け取ることができたことは事実です。

 

 

 循環する愛と思いやり  

 私は今回の母の診察の付き添いでたくさんの幸せを得ることができました。

 母と元気に再会できたこと、母が生きていることを嬉しく感じる自分がいること、私たちを気にかけてくださっている人たちの存在を実感し、感謝と喜びの気落ちを持てたこと、救急診察一つとっても、人の思いやりに支えられているということに気づくことができました。自分が一人でいる時にも気にかけて手助けしたいと思ってくれている存在があるということ、そして母の姿を見て、人は老いて記憶がなくなってもその人らしく生きるのだということにも気づくことができました。

 それらは私にどう生きること、どう歳を重ねることが幸せなのかということを教えてくれました。

 私は一日いちにち生きるごとに安心と自由を得て、幸せを感じています。身体は一日いちにち年老いて死に向かっているのかもしれませんが、「今日が一番若い日」とも言います。そして何よりも私は日々幸せが増えていくことを実感しています。それは日常が特別変化したわけではなく、自分自身が幸せに気づくことが増えているからだと思います。そして本当の意味での自立、人とともに生きる意味を知り得たからだと思います。

 

 皆さんと幸せをシェアしたくて、長々と先日の出来事を綴りました。どうか皆さんの日常も幸せにあふれた毎日でありますように、、、皆さん・この世界への感謝の気持ちとともに心から願っています。

 

 長文最後までお読みくださりありがとうございました。