京都で幸せ妖精ライフ

京都生まれ京都育ち。京都ならではの環境の中、ありのままの自分で幸せに生きるお花畑人生を綴ります(^^)日常の気づきのほか、海外、旅、猫やその他の生き物、自然との感動など、ありのままの自分が感じる感動や幸せ、気づきを皆さんとシェアできれば嬉しいです(^^)♡

  「生きている」それが生命の勝利

☆ 背中の傷は勲章か? 

 

こんにちは(^▽^)♫ 春の穏やかな光と風の中、新しい自分へ誘うかのように、菜の花が陽の光の中で揺れています。

 

あなたは 力のない小さな存在ではない。

あなたらしく輝くことで 世界を照らす

人々の希望の光になる存在です。

 

 私は母から「躾」という名のもとに、今でいう「虐待」を受けて育ちました。

 ある日私は、母の暴力によって背中に一生残る傷を負いました。

 その傷跡はミミズ腫れのようになりもりあがっていました。その傷跡を時々手でなぞり、どれくらいもりあがりが薄くなったか確認していました。その傷は大人になってもずっとミミズ腫れのままで、背中の空いた服を着るとその傷が見えることがあり、それを見た友達から「どうしたの、背中?」と尋ねられることもありました。この傷は、ずっと私の心の傷にもなっていました。

 

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2020.3 ©︎Hearing Art snowy In the middle of work

 

 昔は、背中に傷を持つことは敵から逃げた結果だとされ、不名誉であるという考えがありました。けれど今の私はこの傷を「自分が生きるために自分を護った名誉の傷だ」と思います。それは、幼かった自分が、親の庇護のもと生きるために「自分を護った」ために得た傷だからです。本当は、「名誉の傷」なんて受けないほうがいい。今の私なら、黙って身を屈めて母からの暴力に甘んじることはないです。けれど当時の私にはそうすることが自分を護る術でした。

 

 もし今の私が当時の自分に伝えることができたなら私は

「我慢しなくていい。逃げて。助けを求めれば誰かが気づいて助けてくれる。」

と言いたいです。

 

 私が幼かった頃の日本の社会は、今よりも虐待という認識が薄く、躾という名のもとに虐待が日常的に繰り返されていましたから、当時私が声をあげても、「躾」として誰も取り合ってくれなかったかもしれません。今の社会は少なくともあの頃よりはずっと、子供や個人の人権への意識が高いと思います。けれど当時の私は「人権を侵害されている」とか、「これは虐待行為だから甘んじてはいけない」とかいう意識がない(それは今の幼い子供達もそうだと思います)ので、身を屈めて母の怒りが収まるのを待つことが生きる術でした。

 今の私は背中の傷も薄くなり、心の傷も自分と向き合う中で癒え、母を恨む気持ちも消えてただ愛することで幸せに生きています。

 そして今私は「一人一人が自分らしく幸せに生きることは当然の権利である」という意識が拡がることを願っています。その意識が拡大するためには、社会の意識が変わることの以前にまず自分自身、一人一人が「私は私らしく生きていい。ありのままの自分で幸せに生きていい。」と認識すること、そんな人生を生きていいと自分自身に許可することが必要だと痛感します。

  

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2020.3 ©︎Healing Art snowy In the middle of work 2.

 

☆「生きている」それが生命の勝利 

今あなたは このブログをどんな気持ちで読んでいますか?

ほっと一息つきたい

何も考えたくない

前を向いて幸せな人生にシフトしたい など

私たちは 日々の暮らしの中で いろいろな気持ちになりますよね。

 

嬉しいことがあった時は

私って なんて幸せ者なの♬

人生は愛に溢れている💖

そんな気持ちになったり

 

悲しいことや 辛いこと、腹ただしいことがあった時は

胸が苦しくて

もう何もかも嫌になってしまう

そんな気持ちになったり

 

日々の生活の中で起こる、様々な出来事によって生じるいろいろな気持ちにあわせて

自分という存在を宝物のように感じたり

部屋のすみにあるちっぽけなホコリのように感じることがあるかもしれません。

 

 

 

空を見上げて。

どんな空が見えるかしら?

どんな風を感じるかしら?

それはどんな温かさ?

どんな匂い?

 

それが心地よいものであるときは

深呼吸をして

五感に集中してみます。

 

それらを感じることのできる

心と身体

それは 他の誰のものでもなく

自分自身のもの。

 

今 嬉しい 幸せな気持ちであれば

そんな自分と世界に

「ありがとう」と言ってみる。

きっと自分と世界が 輝きはじめます。

 

もしその空や風が

心地よく感じられなかったり

不快であったり

何も感じられないのであれば

少しだけ

自分に優しくしてあげてみます。

忙しくても

余裕がなくても

自分に許可できなくても

自分に優しくしてあげてみる。

 

お気に入りの場所へ行ってみる。

自分のために美味しいお茶をいれてみる。

 そんな余裕もないときは自分に言ってあげます。

「頑張って生きていて偉いね」と・・・。

自分を抱きしめてあげる・・。

 

「生きている」

それが生命の勝利

「生きている」

それが幸せな明日に繋がる

 

信じられなくても

自信がなくても

大丈夫

 

人は

幸せに生きるために

生まれてきたのだから

 

 あなたは力のない小さな存在ではない。

自分らしく輝くことで 世界を照らす

人々の希望の光になる存在です。

 

そう言いきれる私になったから

このブログを始めました。

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございます(*^^*)

また気軽に訪れてくだされば幸せです(^^)♬