京都で幸せ妖精ライフ

京都生まれ京都育ち。京都ならではの環境の中、ありのままの自分で幸せに生きるお花畑人生を綴ります(^^)日常の気づきのほか、海外、旅、猫やその他の生き物、自然との感動など、ありのままの自分が感じる感動や幸せ、気づきを皆さんとシェアできれば嬉しいです(^^)♡

虐待の経験を幸せの連鎖へ老い忘れても

  虐待の連鎖を幸せの連鎖へ 

 

 私には息子が一人、娘が一人います。今日は虐待の連鎖を感じながら子育てをした経験から得た、私の学びを記したいと思います。

  私の息子はものごごろついた時からマイペースで自分の世界を持って生きていました。私の実家でも夫の実家でも初孫であり、みんなに大変愛され大切にされて育ちました。

  

 一方、私は幼い頃から母の監視下で母の言うことを聞かないと許されない環境で育ちました。私がしたいこと、欲しい物事を母に主張すると、母は私の気持ちを受けとめる前に自分の価値観で判断したことを私に与えました。それを拒んだり、母の思惑とは違うことを私が欲すると、徹底的に否定され、母の思い通りにするように強要されました。それでも私が抵抗すると、母は私への人格を否定し、時に「頑固な子だ」「バカな子だ」と罵倒したりあざ笑ったりしました。そして私が母に従うまで力ずくで強要されました。母の意に沿わないことをしてしまった時には、罵倒暴言はもちろん、ホコリ取りの柄の部分(細い棒)で毎日叩かれて逃げ回っていました。

 

 私は自分の子供には、個人を尊重して自分らしく育って欲しいと願い、息子が言うことは否定せず話を聞いて息子の気持ちを受けとめることを心がけていました。

 息子は家族からも周りの大人からも愛され、のびのびと育ちました。その様子は、私には考えられない自由さで、わがままでもなんでも言いたいように言い、したいことを当然のように主張する息子を見て、ある日私は言い知れぬ怒りが湧いてきました。

「この子はどうしてこんなわがままな言動が許され愛されているのか?私がこんなことをしたら否定され罵倒され大変な目にあっていたのに。」と言う理不尽な思いが溢れてきて、それが目の前の息子への怒りとして現れました。どうしようもない怒りに襲われ、自分が子供を虐待してしまうと自覚しました。

 

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幸せの連鎖へ

 

 

 私は知識として「家庭での虐待の連鎖」を知っていました。

 それは

・子供への虐待は自分の育った家庭環境が反映されたものであることが多い

・虐待されて育った人は自分の子供を虐待してしまいやすい。

 それが虐待の連鎖

 そして

・人は良くも悪くも自分が育った家庭環境を無意識に雛形(基準)にする。

・自分が経験したことがしつけだと思ったり、虐待を肯定してしまったりすることがある。

・虐待をしていると自覚してもやめられない場合がある。それは幼い頃の自分を目の前の子供に投影するから

 

ということを私は大学での学びや、自分を育てなおすための独学によって知っていました。

 

 だから私は、息子への怒りが「虐待の連鎖」からのものであると気づくことができました。そして自分を育てなおすことに本気で向き合いました。それは「私は子供を虐待したくない。」「私の味わったような苦しい辛い思いを子供にさせたくない。」「虐待の連鎖を私が止めたい、子供に引き継ぎたくない。」という強い思いからでした。

 

 それからの私は自分で「自分の中の子供時代の私(インナーチャイルド)」の気持ちに耳を傾け、抱きしめ癒していきました。カウンセリングには通わず、自分で心理学の書籍などに書かれたトラウマセラピーやインナーチャイルドの癒しなどを行い、自分の中の傷ついた心を癒し、幼少の頃から否定され続けてきたありのままの自分をそのまま認め受け入れ愛して、自分を育て直しました。

 時には母に当時の自分の気持ちを伝えもしました。その時母は、私に詫びることもなく、「親に偉そうに言うな!」と逆にまた怒られました。私は母に失望しましたが、自分の思いを母に伝えられたことで、自尊心を満たし、自己肯定することができました。

 そうして私は自分の中の怒りや口惜しさに向き合い、子供への虐待の連鎖を切ることができました。

 

 それからは息子の心に寄り添い、反抗期の時の彼の罵声の中にも「助けて」という心の叫びを受け取ることができ、その心に寄り添って共感し、応援し続けることができました。

 元夫は息子のことを理解できず、本当に、様々なことがありましたが、息子は希望の大学で学び、卒業して今は心身ともに自立して自分の生きたい人生を頑張って生きて、幸せな日々を送っています(^-^)。

 

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2017.12クジラ島を背景に(左から)息子・娘・私の幸せなひと時

 

  忘れゆく人生の意味

 先日、私はついに私の存在を母に忘れられました。母のいる介護施設でテレビ電話越しに母と面会しましたが、もう娘の存在も私のことも忘れて思い出せないようでした。

 

 母は母なりに一生懸命に生きてきました。母なりに一生懸命に私を育ててくれました。父との色々な苦労や幸せな日々もありました。

 今母はそのほとんどを忘れています。ただ目の前の今を元気に幸せに生きています。

 

 忘れてしまった今までの母の人生は、母にとってどんな意味があったのでしょう。

 忘れずに最期を迎えたとしても、この世に存在しなくなった時、その人の生きた意味はなんであるのか。人それぞれの考えや気持ちがあると思います。

 私は、忘れてしまっても、この世からいなくなっても、その人が生きていた意味がなくなるとは思いません。

 その生きてきた意味は、今ここにいる自分が作るのだと思います。

 私は過去や未来も、今私が私のまま本当に生きたい自分を生きることが、私の生きた意味を生むと思います。

 私は私らしく幸せに輝いて生きることで、この世界の希望になりたい。そしてできることなら、その光を必要な人や存在に届けたい。その光を必要とする人たちと共有し共鳴し、生命が輝く調和した世界の一筋の光になれるなら、私はその人生を忘れても、この世からいなくなっても本望だと思います。

 人間の人生だけでなく動物も植物も、ただありのままの自分で精一杯生きて輝くことが、生命の本望だと思います。

 そして人は、その思い、感謝や喜びを他者に伝え共有することができます。

 人には本能のままではなく、本当に生きたい本望の人生を選択する力があります。

 本能や世相に流されたり、不本意な世界や人生を受け入れて諦めの世界を生きるのではなく、どんな世界であっても自分や人の可能性を信じて生きたい自分を生きることは、本来人の持っている素晴らしい力だと思います。

 

 私は自分の人生を通して、様々な思いや学びを得てきました。ありのままの自分を受け入れ愛することができる今、私は自分や家族など身内の幸せだけでなく、一人でも必要とする人に、その人の生きたい人生を生きるための希望と勇気が届くように願って、これからも私らしく幸せに作品やブログの制作をしていきたいと思います。

 

 最後までお読みくださりありがとうございます。

   みなさんの毎日が自分らしく輝いて幸せでありますように願っています(*^^*)